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センスオブワンダー

センスオブワンダー(新潮社:上遠恵子訳)を読みなおした。

これはDDTの害を初めて告発した歴史的名著「沈黙の春」の作者レイチェル・カーソンの遺作で、美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目をみはる感性(センスオブワンダー)を育む大切さを書いた本である。

子ども時代にこの感性を磨いた人は、きっと自然破壊には手をかさないだろう。

どんな自然保護運動よりも、この経験が地球環境を守るために必要なことだと思っている。

この本の中で好きなフレーズをあげてみる。

1 「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じている。  まったく同感!!

2 鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然が繰り返すリフレイン ― 夜の次に朝が来て、冬が去れば春になるというたしかさ ― のなかには限りなくわたしたちを癒してくれる何かがあるのです。

このフレーズを見ていて、私も自然の中で同じことを感じている。

このように感じている人は結構いるのではないかと思う。

そのことを考えていたら、昨年、新宿で行った私の写真展で私の友人(ケニア在住の女性)が書いてくれた感想文のことを思い出した。

彼女の承諾が得られたので、その感想文をここで書かせてもらう。

会場に入ったとたん、ここは外とは全く違う空気に包まれていると感じた。 そしてなぜか心の底からほっとして体の中にたまっていたものをホーと深い息と共にはきだしたような気がした。

ひとつひとつの生きものは、それぞれが互いから切り離された存在ではないのだ。

動物も大地も草も木も空気や風も、土の中でうごめく虫たちも雲も雨も・・・・。

すべてがそれぞれに役割を果たし、互いにからみあいながら、いくつもの流れが絶妙に合わさり、そしてひとつの大きな輪を成しているのだ。

そのハーモニーの中では良いものも悪いものもない。

大きな命も小さな命もそれぞれに大切なかけがいのない存在なのだ。

自分もまたその輪の流れの一部だと知ったとき、たまらない感動と深い感謝の気持ちが押し寄せてくる。

いのちとはなんて美しく、力強いものだろう。

空や大地や命のサイクルから分断されてしまったようなヒトの暮らしだけど、私は希望を失わない。

巨大な町や機械に人が飲み込まれてしまっているかのようなこの東京にいても、どんな状況になっても決して消えることのないいのち本来の輝きのたね火が人の群れの中にもふつふつと燃えていることを私は信じ続けたい。

そのたね火を再び大きな輝きに変えていって、人があたたかい調和の中に戻っていくことができるためには、我々ひとりひとりには何が出来るのか・・・・。

考えて行動して、つながっていきたいものだ。

素晴らしい感動をありがとうございました。

はじめから終わりまで、泣き続けて見た写真展は生まれてはじめてです。

いのちのハーモニーの中にいる自分をたまらなく幸せに感じました。

この幸せや感動をいかにして社会にお返ししていけるか、自分なりに少しづつ歩んで行きたいと思っています。

私は、このような感性の人との輪を広げていきたいと思っている。