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自己を生きる 1

「自己を生きる」ということについて最近よく考える。

自己、すなわち「本当の自分」ということだ。

生まれた時は本当の自分のままだ。

しかし、やがて家族とくに母親によって家族(母親)の価値観が刷り込まれていき、本当の自分は埋没していく。

その後、学校、友人、世間の価値観に染められていく。

こうして本当の自分はさらに奥底に沈み、厚い何十もの殻が覆い被さっていく。

染まってしまったほうが一時的には楽だ。

とくに日本人にはその傾向が強い。

が、感受性の豊かな人はその生き方に苦痛を感じはじめる。

そして親の元を離れ、世間体を気にせず、本当の自分に戻っていく。

しかし、これはエネルギーのある例外的な人の場合だ。

多くの人は、「本当の自分」とは違った人生を生きていく。

常識や親に刷り込まれた価値観に縛られながら・・・・・。

とくに、良い子であることを刷り込まれてきた人たちは問題だ。

「本当の自分を生きる」ことに罪悪感を感じながら生きていく。

これはきつい、苦しい。

こういった人は精神が病んだり、免疫の病気になったりしやすい。

若いときは、刷り込まれた、常識的な、みんなと同じ価値観で生きることは楽であるが、この間違いに気付かなければ、死ぬ時に後悔する。

この気付きは早いほうが良い。

気付いたら、本当の自分の上に何重にも覆い被さった殻を脱ぎ捨てよう。

本当の自己を生きた時、その人の生が輝くのである。

そしてその生の延長線上に「輝く死」がある。

「本当の自分を生きない」ということは、当然その人の生は輝いてこない。

よく考えてみよう。

もし自分が死ぬ時、「その一生で良かったのか」と・・・・・・。

本当の自分を生きないなんて時間の浪費である。

人生はそれほど長くはないのである。

しかし、「自己」すなわち「本当の自分」がわからない人が多い。

長いこと「本当の自分」を発見する訓練を怠ってきたからだ。

ここで「本当の自分は決して変わってはいない」ことを強調しておこう。

周囲を被う殻が増えただけのことである。

その殻をはがしていけば本当の自分の姿が見えてくる。

その殻をはがすのは、自分の好きなことに打ち込むこと、感動すること、その感動をもとに行動すること、そして逆境のなかでその意味を知ることがポイントだと思っている。

僕がやりたいことは、多くの人が「本当の自分を生きる」ことの手助けだと、最近自覚するようになってきた。

横浜市内のある小学校から、出張授業を頼まれた。

1~2年生が対象と聞き、「難しいです」とお答えした。

1~2年生は僕にとっては宇宙人。

どこまで分かるかまったく想像できないからだ。

ふだん小学校で出張授業を頼まれるときは、5~6年を対象に自然界のバランスをするが、それは難しすぎるだろう。

しかし、担任の先生の熱意に動かされ、受けることになった。

テーマは動物親子と群れの話。

チーター、ライオン、ヌー、ゾウの親子のエピソードや群れでの生活をスライドで紹介しながら30分の授業をおこなったが、2年生はテレビの影響なのか、動物好きの先生が普段教えているのか、その知識にびっくりした。

ほとんどの質問に答えるではないか・・・・。

みな熱心に聞いてくれたので、多少は役だったのではないか、と思っている。

終了後、1年生のエスコートで教室に行き、子どもたちが全員で僕のために劇を演じてくれた。

素晴らしい出来にちょと感動。

でも、さらに感動したのは先生の熱意だった。

実はこの学校は廃校になるらしい。

その記念に子どもたちのために何かをしたいという先生の熱い思いに胸が熱くなった。

12月には校庭に移動動物園を呼ぶらしい。