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中村久子「私の越えて来た道」

今日は1日家にこもって仕事の日。

中村久子さんの講演CD「私の越えて来た道」を聞きながら執筆、写真整理、ツアー計画、講演の準備などをこなす。

が、このCDのあまりにも壮絶で素晴らしい内容に感動で何度も心が震え、仕事を中断せざるをえなかった。

中村さんは特発性脱疽で四肢がない。

子どもの時に四肢を失うとともに、14年間その痛みと戦ってきた。

両親と祖母は痛みで泣き叫ぶ彼女をおぶって年中町を歩いていたそうだ。

まわりに迷惑をかけるからで、そのために何度も転居したらしい。

当然そのような状態ゆえに、両親はまともに働けない。

極貧生活であった。

だが、両親は彼女のために一生懸命生きていた。

彼女が大きくなると母親は彼女が自活できるように身の回りのことをさせようとした。

当然、四肢がないからはじめはできない。

が、母親は決して許さなかったそうだ。

「あなたのような手足のない者が、一つの仕事をやってみて、あれができない、これができない、と言ってしまったら、一生なんにもできない人間になるだけです。人間は仕事をしなければならんのです。考えておやんなさい。」と言うのであった。

やがて、彼女は裁縫も刺繍も掃除もできるようになった。

すべて口でやるのである。

トイレの掃除も雑巾を口で絞ってやる。

この話しを聞いていて、彼女の母親は、子別れのために子どもに襲いかかる動物のようだと思った。

自立させることが母のつとめ・・・・。

一見、冷たいようでいて、これが母の本当の愛なのだ。

やがて、彼女は自活を考え、見世物小屋で働くことを決意した。

働くことが本当に神聖なものと思ったからである。

「働かずにいるより、見せ物になっても自らの力で生きていくことのほうがいかに大切であるか」と考えたからである。

何という「精神の気高さ」だろう。

職に貴賎はないとよく言われるが、問題は職の種類ではなく、働き手の心の気高さなのだ。

23年間見世物小屋で働き、その間に2人の子どもを育てた。

そして、与えられたいのちに感謝しながら、天寿をまっとうした。

彼女をここまでにしたのは、「母の愛」と「信仰の力」だった。

それに較べ現代の人間はどうであろうか。

豊かになればなるほど、欲深く、怠惰になる人間。

彼女の「気高い精神」に学ばなければならないことがたくさんある。

もう一つ気付いたことがある。

人間の脳の90%以上が使われていないことの意味がわかったような気がしたのだ。

右手がなくなれば左手、両手がなくなれば両足、四肢がなくなれば口で代用できるように、脳は「その時使っていなくても将来起きる可能性のある不測の事態のために働いていない場所をたくさん有しているのであろう」と思った。

とすると、人間には満たされていることよりも足りないことのほうが脳は成長していくのであろう。

障害を受けても、人間には大きな可能性が秘められているはずだ。

これは遺伝子も同じだと思う。

人間の90%以上の遺伝子が使われていない。

とすると、まだまだ人間は変わっていけるはずだ。

だが、その変化は満たされた条件では開花していかないのだろう。