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カラスが怖い少年とルーズソックスの女子学生(いじめの一因)

今朝、自宅を出て駅まで歩いている途中、小学校低学年と思われる少年が僕の横にならんで歩き始めた。

僕の方が歩くのが早いので、前に出ると小走りについてくる。

「どうしたの」と聞くと、彼は「カラス」と一言。とてもシャイな少年だ。推察するとカラスが怖いので僕にぴったりついて歩いているようだ。線が細く、いかにもいじめられやすそうな少年だった。

駅までいっしょに行き「バイバイ、気をつけて」と言って別れた。

この少年に会ったせいか、通勤の途中、今日の僕の思考テーマは「いじめ」になった。

考えながら、前を見ると、ルーズソックスの女子学生達。

「いじめ」にはいろいろな要因があるだろうが、そのうちの一つに「みなと同じことをしない」ためにいじめられるというケースがある。

ルーズソックスの彼女たちも、同じようなソックスをはかないといじめられるのかな・・・・、と考えていたら、ふと気が付いた。

彼女たちの中でいじめる人がいたら、その人は、同じ格好でいることを本当は良いとは思っていないのではないだろうか?

良いと思っていたら、いじめる必要はないはずだ。

魂(真の自己)が良くないと訴えかけているのに、頭は同じ格好をしなければ、と思っている。

同じことをしたほうが一見楽だから、魂の声を振り払って真似ているのではないか?

しかし、実は自分らしく行動せず、真似をしていることに不安なのである。

この不安は、真似しない人を見ると頭をもたげてくる。

だから、おもしろくないやつ、むかつくやつ、と排除したくなるのだろう。

これがいじめの一因だと、ふと、そう思ったのである。

勿論、心底良いと思ってやっている人、何も考えず、また感じないで真似ている人もいるだろうが・・・・・。

自分らしく生きている僕の友人たちと話していると、彼らのほとんどが、若い時に家族、学校、職場で価値観が合わずに苦労していたようだ。

何と言っても個性を摘み取る日本という社会である。

若いがゆえに、なかなか個性が出せない環境にいる時は、合わせる振りをしていれば良い。

しかし、こっそり体力や実力をつけておこう。

力がついたら「一足お先に」と、さっさとそんな集団から抜け出せば良いのである。

そうすれば、きっと同じような「自分を生きている人達」との輪ができてくる。

そのほうがずっと楽しいし、死ぬとき「ああ、良い人生だった」と言えるはずだ。