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キューブラー・ロスの本を読んで

エリザベス・キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」と死後の生を読んだ。

キューブラー・ロスは医学関係者のバイブル「死ぬ瞬間」の著者として、世界でもっとも有名な精神科医の一人。

彼女のスウェーデンでの講演をまとめたのがこの本である。

前半が死に行く人へのインタビューから得てきた経験、後半は彼女が様々な体験を通して死後の生についてどう考えるようになったかという内容である。

一番興味深かったのは、死に行く人はみな自分の死を知っているというくだり。

先日ある宗教者の講演テープを聞かされ、その中で「動物は自分の死ぬ時を知っているが、人間はわからなくなった」と言っていたが、私は経験上、「それは違う」と思った。

この本でも、彼女は、経験した数万の「死に行く人」、それが子どもであっても皆自分の死を判っていたと書いている。

死に行く人は必ずそれなりの表現をする。子どもでうまく言葉では表現できなくとも、絵を書かせると自分の病気や死について驚くほど理解しているらしい。

どうも、人間が自分の死が判らなくなったのではなく、死に行く人が発するメッセージ(彼女は象徴言語と言っている)をまわりが理解できなくなったのかもしれない。(象徴言語についてはこの本を読んでください)

彼女は大量虐殺がおこなわれたナチの収容所を見学した時、子どもが収容されていた部屋の壁に蝶の絵がたくさん書かれていたのを発見した。

後になって、彼女が死に行く子ども達とのたくさんのふれあいの中で、その蝶の意味が「死んで飛び立っていくこと」であり、子ども達は死を知っていたことに気付くのである。

この蝶が象徴言語であるというくだりはとても興味深かった。

死ぬ前に子どもであっても自分のやり残したことをやりとげて死んでいく、ジェフィーの話には、どんな人でも感動するであろう。

死が迫ったある日、彼は遣り残したことをするために家に帰る。それはお父さんに買ってもらったピカピカの自転車(まだ一度も乗っていない)に乗ってあたりを一周することである。彼は既に運動機能がおかされ、ふらふらの状態。普通の親なら止めるか、ずっと傍に付き添うだろう。しかし、それがいやな彼は、「先生(ロスのこと)、お母さんを抑えていて」といってふらつきながら自転車をこぎだす。

帰って来た時の彼の顔はオリンピックの優勝者のように輝いていた。

彼はその自転車を、弟の誕生日プレゼントとして渡し(誕生日まで自分が生きられないの知っていて早く渡した)、旅だって行った。

誰しもやるべきことがあり、それを見つけるのが人生、やるべきことに全力で取り組む事が「輝く生」、そしてそれを成し遂げて死ぬのが「輝く死」、これが私の持論であるが、それを実践して死んでいったジェフィーの話しには深い感動があった。

大切な事は、霊的(スピリチュアル)に成熟しているかどうかで、年齢や地位は関係ないのだ。

死ぬ直前は安らかな気持になる、という内容の所では、昨年他界した父のことを思いだした。

死の数時間前、医療不信で怒り、診療拒否をしていた父が、私の説得に「皆が良いと思うことに従うよ、我慢するのは得意だからな」と言った時の顔・・・・。

こんなにも穏やかで神々しい父の顔を見たことがなかった。

これこそが死の直前の顔なのだろう。

今でもその顔が脳裏に焼きついて離れない。

この本を読んで、私の中で「死の意味」がよりいっそう明確になっていった。

後半の死後の生についても、感銘を受けることが多かったが、私と考えがほとんど同じであることに勇気づけられた。

とにかく素晴らしい本で、感じたことがたくさんあるのだが、少し長くなりすぎたので残りはまた別の機会に書くことにする。