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小倉寛太郎さんの訃報を聞いて

僕が所属している「サバンナクラブ」(東アフリカ大好き人間の集まり)の創設者の一人である小倉寛太郎さんが亡くなられた。

小倉さんは、山崎豊子原作の「沈まぬ太陽」の主人公のモデルとしてご存知の方も多いのではないだろうか。

サバンナクラブの事務局長として、長年、皆の世話役を献身的にされてきた。

このクラブは、小倉さんを慕って集まった人のクラブとも言える。

小倉さんほど面倒見が良く、情に厚い人を見たことがない。

僕も随分お世話になった。

昨夜、突然の訃報に呆然としてしまった。

闘病中であることは知っていたが、まさかこんなに早く亡くなられるとは・・・・・。

訃報を聞いて以来、時々小倉さんとのことが思いだされた。

小倉さんに初めてお会いしたのは、今から約10年前になる。

親友の写真家・大西靖さんの紹介で、2人でご自宅に伺い、写真を見てもらった。

この時のことは今でも良く覚えている。

まるで昨日のことのように・・・・・。

その後、サバンナクラブに入会し、いろいろとお世話になった。

僕が仕事と家庭的問題に追いまくられ、不義理が続いていても、何かをお願いすると、「なんでこんなに気がつくのだろうか」といった気配りで、面倒を見てくださった。

写真家としてデビューする前に、「僕の写真がどう評価されるか知りたい」というと、プロのそうそうたる先生方を集めてくださり、僕の写真を見る会を開催してくださった。

また、写真展の前にどうしても朝日、夕陽の写真が足りないので、「時間外のサファリの許可が欲しい」とお願いすると、快くケニアの国立保護区の監督官宛てに手紙を英文で書いてくださったこともある。

それなのに、ほとんどお返しが出来ないうちに、あまりにも突然に亡くなられてしまった。

以前、小倉さんは、「私の夢は、1番が東アフリカの鳥のコンパクトな図鑑、2番目は写真集、3番目が鳥の本格的な図鑑の出版」とおっしゃっていた。

最後の夢は、日本では小倉さんにしかできないものだと思っていた。

鳥の好きな僕としては、出版をとても期待していたのだが・・・・・・。

その最後の夢を果たす前に病魔に倒れてしまい、さぞ残念であったろう。

長年小倉さんを支え続けてきた奥様の悲しみを思うと、言葉もない。

サバンナクラブとしても、カリスマ的存在だった小倉さんを失った痛手はあまりにも大きい。

その存在の大きさを思い、ただただ呆然とするだけである。

それにしても嵐のような小倉さんの人生。

どんな逆境でも自分の信念を貫き通し、家族を愛し続けたすばらしい男・小倉さん。

どうか安らかにお眠りください。

横浜市内のある小学校から、出張授業を頼まれた。

1~2年生が対象と聞き、「難しいです」とお答えした。

1~2年生は僕にとっては宇宙人。

どこまで分かるかまったく想像できないからだ。

ふだん小学校で出張授業を頼まれるときは、5~6年を対象に自然界のバランスをするが、それは難しすぎるだろう。

しかし、担任の先生の熱意に動かされ、受けることになった。

テーマは動物親子と群れの話。

チーター、ライオン、ヌー、ゾウの親子のエピソードや群れでの生活をスライドで紹介しながら30分の授業をおこなったが、2年生はテレビの影響なのか、動物好きの先生が普段教えているのか、その知識にびっくりした。

ほとんどの質問に答えるではないか・・・・。

みな熱心に聞いてくれたので、多少は役だったのではないか、と思っている。

終了後、1年生のエスコートで教室に行き、子どもたちが全員で僕のために劇を演じてくれた。

素晴らしい出来にちょと感動。

でも、さらに感動したのは先生の熱意だった。

実はこの学校は廃校になるらしい。

その記念に子どもたちのために何かをしたいという先生の熱い思いに胸が熱くなった。

12月には校庭に移動動物園を呼ぶらしい。