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「癒しと安らぎの環境」フォーラム

今日は有給休暇をとって「癒しと安らぎの環境」フォーラムに出席した。

僕は学会や研究会に出ても、つまらないとすぐ帰ってしまうのだが、今日は珍しく最後まで聞いた。

おまけに一睡もせずに・・・・。

これは珍しいことなのだが、目新しいことがあったわけではない。

表現方法を模索している僕には、現状の把握と講演の仕方など勉強になるところがとても多かったからだ。

この会でも感じたのだが、どうも“癒し”という言葉が、「誰かにしてもらう安らぎ」的で受動的なものばかりに捉えられている。

癒しとはそればかりではないと思う。

自らを適度に緊張させながら、得ていくタイプの癒しもあるはずだ。

前向きに何かに取り組むというタイプの癒しだ。

これは能動的な癒しであり、究極は以前の日記にも書いたが、前向きに自分らしく生きることで得られる癒しである。

そして、それが他人のためになった時に、もっとも癒されるのだと思っている。

さらに、“癒す-癒される”という関係が、例えば、医療従事者は癒す人で、患者は癒される人といったように、一方向的のように思っている人が多いのも気になった。

この関係は、双方向性でなければ、本当の“癒し”は成り立たないのではなかろうか。

今日の内容は、まだ小手先の癒し談義から脱却できていないような気がした。

まあ、第1回目なので仕方がないか・・・・。

横浜市内のある小学校から、出張授業を頼まれた。

1~2年生が対象と聞き、「難しいです」とお答えした。

1~2年生は僕にとっては宇宙人。

どこまで分かるかまったく想像できないからだ。

ふだん小学校で出張授業を頼まれるときは、5~6年を対象に自然界のバランスをするが、それは難しすぎるだろう。

しかし、担任の先生の熱意に動かされ、受けることになった。

テーマは動物親子と群れの話。

チーター、ライオン、ヌー、ゾウの親子のエピソードや群れでの生活をスライドで紹介しながら30分の授業をおこなったが、2年生はテレビの影響なのか、動物好きの先生が普段教えているのか、その知識にびっくりした。

ほとんどの質問に答えるではないか・・・・。

みな熱心に聞いてくれたので、多少は役だったのではないか、と思っている。

終了後、1年生のエスコートで教室に行き、子どもたちが全員で僕のために劇を演じてくれた。

素晴らしい出来にちょと感動。

でも、さらに感動したのは先生の熱意だった。

実はこの学校は廃校になるらしい。

その記念に子どもたちのために何かをしたいという先生の熱い思いに胸が熱くなった。

12月には校庭に移動動物園を呼ぶらしい。