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科学の暴走を止める智恵が欲しい

クローン人間が誕生したらしい。

いずれこういう事態がおこることは分かっていた。

“出来る”という技術があれば、それを抑制できないのが人間という生き物。

だから、こういう技術は、開発すべきではないと思っていた。

生殖医療に役立つからといって、食料増産に役立つからといって、神の領域に踏み込むことはあってはならない。

いったん出来るようになったら、欲望まみれの人間には、科学の暴走を抑えることはできないからである。

戦争の様々な武器の開発でも、クローン人間でも、科学の暴走という意味では同じことのように思える。

科学が暴走する原因として、科学は蓄積によって急速に進歩することが出来るのに対し、人間の智恵の進歩は遅々としたものである、ことがあげられる。

このギャップが、様々な矛盾を生んでいる。

世の中が悪くなっていくことと、科学の進歩は矛盾するかのように思えるが、実は密接に関係している。

それは、争いの根本について考えてみればわかる。

その根本にあるのは、〈比較すること〉である。

他より秀でたい、豊かになりたい、便利な生活がしたいという、人間誰しものが持っている優越願望が、格差を生み、他を侵略する原因になっている。

そして、この〈比較すること=分析し、優劣をつけること〉は科学の基本原則でもあることに注目しなければならない。

科学万能の世の中になれば、助け合いとか、共生とかが消え去り、常に競争の社会が生まれ、その結果、様々な分野に格差が生じてくる。

科学は、人間の本来持つエゴを助長させるものだ、ということを忘れてはならない。

科学の進歩は、争いの火種(これは科学と関係なくいつの世でもあるのだが)を拡大させていくのである。

便利になろうと、延命に寄与しようと、科学が内包する基本原則自体が、危険をはらむものだということを人間は忘れているのではないだろうか。

世の中が便利になればなるほど、エゴは増大し、争いは拡大し、幸せからは遠ざかっていくのは、そういった理由だからである。

だからといって、科学の進歩を否定しているわけではない。

大切なのは、科学の進歩にきちんとした方向性をつけられる成熟した智恵・知性の獲得に力を入れるべきだということである。

しかし、科学の進歩に比べ、成熟した智恵・知性の獲得は、はるかに難しい。

21世紀は、その獲得に力を入れるべきだと思っている。

その必要性を痛感させてくれた事件が、「クローン人間誕生」だという気がしている。