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癌の告知について 1

大腸癌の中で、粘膜内に留まったものは治癒率が100%である。

内視鏡的に上手く切除できて、「もう治りますよ」と言っても、癌という言葉だけでパニックになる人がいる。

今日もそのような患者さんがいた。

癌という言葉の影響は大きく、患者さんは長い間、癌の幻影におびえて暮らすことになる。

「未熟だ。もっと生と死について考えるべきだ」と思う反面、「そう簡単に切って捨てるわけにはいかない」とも思う。

このような患者さんがいるから、以前はほとんどすべての癌が告知されていなかった。

しかし、基本的には「告知は必要だ」と思っている。

嘘があっては、真の関係(患者と家族、患者と医療従事)が築けなくなるからである。

医療側が家族と協力して、告知できる環境をととのえながら、徐々に伝えていくことが必要であろう。

ところが告知後の精神的ケアなどが遅れている現状を考えると、僕の場合は、進行癌の告知はしないことが往々にしてある。

その人の性格やおかれている環境を知らずにいきなり癌と告げるのは無理だと思っているからだ。

進行癌で余命短い人には、「あえて言わない」という選択肢があっても良い、と思っている。

ただし、言ってほしくない場合は、患者自らが事前にその意思表示をしておくべきである。

そうでなければ、今の日本では状況に関係なく、いきなり告知されることがあるからだ。

今回のケースのように早期癌で100%治る場合は、どうだろうか(早期癌でもすべて100%治るわけではなく、一部の臓器の限られた条件の早期癌のみが100%治るのである)。

これは基本的には、「告げるべきだ」と考えている。

しかし、このようにパニックになる人にはどうしたら良いのだろうか。

たしかにパニックになるかどうかは、事前には分からないこともある。

そのような場合があるから、100%治るものに対しては、医療側が癌という言葉を使わないように統一したらどうだろうか、と思っている(僕の個人的見解であるが)

あえて癌と言って、不安にさせる必要はないのかもしれない。

たしかに欧米では、この粘膜内にとどまる大腸癌(100%治る)を癌とは言わない。

とても理にかなった方法であると思うのだが、日本では癌と言うのである。

それも病理医で見解が違うのに・・・・(正確に癌と良性腫瘍の間に線引きができないので、同じ病変をみて、A先生は癌と言い、B先生は良性腫瘍ということが日常茶飯事なのだ)。

これは、研究を優先させている専門医の意見に臨床家が押しきられているように思う。

臨床的には、癌か癌じゃないか、よりも(専門医がデータをとるにはその区別は必要なのかもしれないが)、100%治るか、そうじゃないのか、の方が重要に思える。

患者サイドに立って考えると(学問的にではなく)、今の日本の現状においては、100%治る癌を癌と名付けないほうがメリットが多いのではないか、と考えている。

 

横浜市内のある小学校から、出張授業を頼まれた。

1~2年生が対象と聞き、「難しいです」とお答えした。

1~2年生は僕にとっては宇宙人。

どこまで分かるかまったく想像できないからだ。

ふだん小学校で出張授業を頼まれるときは、5~6年を対象に自然界のバランスをするが、それは難しすぎるだろう。

しかし、担任の先生の熱意に動かされ、受けることになった。

テーマは動物親子と群れの話。

チーター、ライオン、ヌー、ゾウの親子のエピソードや群れでの生活をスライドで紹介しながら30分の授業をおこなったが、2年生はテレビの影響なのか、動物好きの先生が普段教えているのか、その知識にびっくりした。

ほとんどの質問に答えるではないか・・・・。

みな熱心に聞いてくれたので、多少は役だったのではないか、と思っている。

終了後、1年生のエスコートで教室に行き、子どもたちが全員で僕のために劇を演じてくれた。

素晴らしい出来にちょと感動。

でも、さらに感動したのは先生の熱意だった。

実はこの学校は廃校になるらしい。

その記念に子どもたちのために何かをしたいという先生の熱い思いに胸が熱くなった。

12月には校庭に移動動物園を呼ぶらしい。