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食べものは「物」ではない

食事に関して、何を食べたらよいでしょうか、と患者さんによく聞かれる。

他院から来た腸炎の患者さんから、栄養士の栄養相談を受け、あれがだめ、これがだめと言われて食べるものがなくなり、さらに病気が悪化したというケースも多い。

僕は一部の患者さんを除き、一部の制限を加えるが、おおむね食べて良いと話す。

すると患者さんは安心して、だいたいそれだけで症状が軽減することが多い。

ただし食事の基本は、添加物の入っていない季節の新鮮なものをバランスよく、良く噛んで、感謝して食べること、と話す。

そうやって食べていれば、病気にはなりにくいだろう。

その基本を話さずに、何が何グラム、何が良くて何がだめと言っても意味がないように思う。

本来食事とは他の“いのち”をいただく行為なので、「物」として扱う姿勢が病気を生むと思っている。

だから、病気になったら、新鮮で添加物の入っていない食材にお金をかけ、よく味わって食べなさいと話す(早食いの自分に自戒の気持ちを込めながら・・・・)。

そのなかで多少の制限は必要だと言えば、患者さんはそれほどストレスを感じないはずだ。

また、「○○は食べたほうが良いですか、△△はたべてはいけないのですか」と聞いてくる人が非常に多いのには「困ったものだ」と思っている。

常識的なことは話すが、同時にもうひとつ必ず言うことがある。

それは、一般論はあくまでも一般論であって、あなたに当てはまるかどうかは分からないので、何が良くて何が悪いのかは自分の身体に聞きなさい、ということ。

身体に良いものを食べれば体調が良いし、悪いものを食べれば下痢、嘔気や腹痛などがでたり、体調が落ちたりする。

しかし、そんな身体の声を現代人は聞けなくなっている。

やはり、食べ物を「物」として扱っているのがいけないし、情報が氾濫しすぎた弊害だと思っている。

僕はその食べ物が身体を冷やす、暖める、へんな添加物が入っているかどうかなど、しばらくすると分かる。

添加物があれば鼻が詰まってくるし、梨や柿は1切れ食べれば身体が冷えてくるのがわかる。

乳製品やにんにくは少量なら良いが、少し量が多いとおなかが張ってくる。

油が少し多すぎるとすぐに下痢をする。

たくさんのメッセージが身体から出ているのに、そういったことを自分で感じないで(人それぞれメッセージの種類が違う)、テレビや本、そして他人の言うことばかりを聞いて右往左往している人が実に多い。

また雑誌もテレビもその傾向を助長させている。

身体に良いものでも全員に合うわけではないということを知るべきで、それには自分の身体の声をもっと聞く必要がある。

「もっと自分で感じてほしい」と常々思っているが、そういう訓練をしないために鈍感になり、たくさんの情報に振り回されている人があまりにも多い。

「もっと感じろ!」といつも叫んでいる僕は感じすぎているのだろうか。