大学病院に勤務していた頃、ある腸の難病の女性を診ていた。
彼女は当時20歳くらいだったろうか。
有効な治療法のない病気で、何度も腸に小さな穴があき、2度の開腹手術をしていた。
前の担当医が考えうるすべての治療法を試みたがいずれも無効で、その後も入退院を繰り返していた。
誰もが治るとは思っていなかった。
いや、社会生活がまともにおくれるようになるとはどの医者も思っていなかった。
が、僕はかすかな望みを捨てていなかった。
彼女の外来医になったある時、彼女に言った言葉がある。
それは「必ず直る可能性がある」ということと、そして「あなたのなかのひずみを直さなければならない」ということ。
決して勝算があって言ったわけではないが、ここで諦めたら治らないことは分かっていた。
ひずみについては、本人はなにも自覚していなかった。
僕には、そのひずみとは食生活(彼女の体質に合わない食生活だったように思う)と心の持ち様(良い子を演じているがためのストレスがあった)のような気がしていた。
徹底した蛋白制限食と良い子をやめて自分らしくするように言ったように記憶している。
僕が診始めてからは、入院回数が激減した。
しかし、腸には潰瘍が残っていて、決して治ったわけではなかった。
慈恵医大をやめる前に結婚の話を聞いた。
「こんな状態で大丈夫だろうか」と心配していた。
僕がやめてから大学の外来にはほとんど通っていなかったようだ。
その彼女から突然ホームページの「ボイス」に意見が来た。
それによるともうすでに1歳の子どもがいるとのこと。
ここ数年は病院にもかかっていないらしい。
当時、彼女の今の姿を予想した人はいないだろう。
僕自身こんなに早く良くなるとは思わなかったが、あの時彼女が僕の言った「必ず直る可能性がある」という言葉を信じ、努力したから今の姿があるのではないかと思っている。
彼女には、あの時の気持を忘れずに、流されずに生きてほしいと思う。
最近、人生決して捨てたもんじゃない、と思うことが多い。