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リコーK1

初めてアフリカに行ったときに父から借りたのがキャノンの一眼レフ。

以来、ずっとキャノンを使ってきた。

一時、風景的写真を撮るためにペンタックス(今のリコー)645やフジのパノラマカメラも併用したが35mmは一貫してキャノンだった。

「動きもの」を撮るにはキャノンは優れている。

すばらしいシステムだ。

だが、僕自身が進化したカメラに頼り切って、押すだけの写真家に堕落してしまったように感じていた。

フィルムの頃、露出に悩み、ISOの関係で早く切れないシャッタースピードに苦悶しながら技術を磨いてきたが、デジタルになり、なんとも安易な撮り方になってしまっていた。

撮影後に露出も変えられるし、ISO感度をあげてシャッタースピードもあげられるからだ。

たしかに自然の中で動物の一瞬を切りとるには、考えている暇などない。

構図に集中するのが精いっぱい。

それすら追いつかずに、構図が今一つということが多々ある。

だから今のままでもよいのかもしれないと言う人も多いだろう。

しかし、それでは、僕自身の撮影が進化しない(むしろ退化)ことは明白だ。

最近、自然をそのままに撮るばかりでなく、もっとクリエイティーブに作品を創っていきたいと思うようになってきた。

その時に、瀬尾拓慶君とアフリカに行った。

彼が使っていたのはリコーK1と645。

リコーのカメラは、動きものを撮るには優れているとは言えない。

しかし、彼は撮影前に条件を目まぐるしく変えながら撮影していた(K1でもこのような使い方をしている人はまずいないらしいが)。

僕も使ってみて、作品を創り、光や色に対する感性を育てるのに適したカメラだと実感した。

連写機能もキャノンからすると大分落ちるが、彼は一瞬に意識を集中することで、連写機能に頼らずに瞬間を的確にとらえていた。

その姿を見て、フォルム時代を思い出した。

原点に帰らなければ・・・・・。

カメラの進化は素晴らしい。

だが、この進化によって僕自身大切なものを失っていたように思う。

今後は、カメラの進化した部分は享受しながらも、マインドを原点に戻さなければと思っている。

通い始めて30年。

この8月から31年目の新しい旅が始まる。

9月に行く予定の61回目の旅では、動きものはキャノン、風景的なものはK1で撮ってくるつもりだ。